小林虎三郎の影響

小林虎三郎の精神は、現代でも影響を与えている。

●まちづくりの心のよりどころに
「まちづくり」の基本は「人づくり」であるという小林虎三郎の「米百俵」の精神は、長岡市民のあいだで脈々と語り継がれてきている。
ある偶然から「米百俵」の故事を知った作家の山本有三は、1943年(昭和18年)に戯曲「米・百俵」を発表。
当時は、戦時中であったため、軍部はこの戯曲を反戦戯曲として断罪、「米・百俵」は絶版になった。
戦争がおわり、高度経済成長によって経済的に発展してきた日本社会は、物質的にも豊かになったが、そんななかで、長岡市は1975年(昭和50年)、まちづくりの精神的な基盤を探していた長岡市は、「米百俵 小林虎三郎の思想」を発刊。
地方自治体が小説家の戯曲を出版するのは例がないことだった。それ以降、長岡市は書籍等の頒布を通じて、長岡市民の間に「米百俵」の精神を広めてきた。
1987年(昭和62年)に、財団法人長岡市人材育成基金を設立。奨学金の貸与事業を開始した。
そして、1995年(平成7年)に名称を財団法人長岡市米百俵財団に改称し、事業の幅を広げていった。
さらに、長岡市は1996年が市制90周年にあたることから、「米百俵」の精神をもっと市民の間に浸透させることを掲げ、国漢学校新校舎の開校の日にちなんで6月15日を「米百俵デー」に制定。
その年から毎年、6月15日になると「米百俵デー市民の集い」を開催し、米百俵賞の授賞式と記念講演を実施、「米百俵」の精紳の継承に邁進している。

●長岡市米百俵財団の事業
 長岡市の出捐金と市民の寄附金によって設立された「長岡市米百俵財団」は、基本財産が七億三千八百万円を通して、人材育成と「米百俵」の精神の普及事業を実施している。
大学に進学する者に対しては奨学金貸与事業を行っており、自宅からの通学者に月3万円、自宅外からの通学者には4万円を貸与。
通算で350人を超す学生に奨学金を貸与している。
また、海外高校留学奨学生派遣事業では、高校生を対象だが、海外の学校に1年間留学する高校生に1人115万円を限度に資金を援助している。
一度の派遣事業の定員は3人だが、すでに三30人を超す高校生が世界の国々で勉強してきている。
さらに、教育や産業などのいろいろな分野において、ユニークな活動を行い、人材育成に多大な尽力をした方を表彰する「米百俵賞」を贈っている。これは毎年行われている。
また、書籍に関しては、『米百俵 小林虎三郎の思想』をはじめ、ドナルド・キーン氏の翻訳による英語版「米百俵」を作成し、「米百俵」の精神を広く市民に伝える努力をしている。
「米百俵 小林虎三郎物語」は、長岡市内の小学校六年生全員に毎年、無料で配布されており、長岡をよく知り、学習するときの大切な資料として子どもたちに利用されている。

●海外にも広がる米百俵の心
 日本だけではなく、「米百俵」は海外でも評価され、大きな関心を呼んでいる。
たとえば、中米のホンジュラスでは文化大臣が「米百俵」のことを聞き、ホンジュラスの国民の前で「米百俵」の上演を熱望し、ついには戯曲「米・百俵」をスペイン語に翻訳。
2003年(平成15年)、ホンジュラス国立演劇学校の教授や生徒が中心になって、演劇「米百俵」を上演。すでに上演回数は50回を超えている。
さらに、ホンジュラスの当時の大統領であったマドゥーロは、米百俵の名称を冠した100の学校建設を計画していると公言し、いまも学校建設が進められている。
さらに、アフガニスタンのカルザイ議長が来日したときに『米百俵』を寄贈したところ、大統領はその内容に感銘し、アフガニスタンの教育関係者からの問い合わせが続いている。
また、中米諸国やバングラデッシュでも「米百俵」についての関心が高まっている。「米百俵」の精神が自分の国の状況を考えあると身に染みる話になっているため、国民の共感を呼んでいるとのだろう。
長岡市の市民の間では、「米百俵」の考え方や精紳をもとに、海外での慈善活動に取り組んでいる団体がある。
国漢学校の教えや流れを綿々と受け継いでいる長岡高校の卒業生たちの有志が設立した「NPO法人米百俵スクールプロジェクト」は、カンボジアにおいて2つの「米百俵スクール」を建設、子どもたちのために教材をそろえたり、学校の設備を補充したり、様々な面で、米百俵活動を実践している。

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